脱!社畜思考雲藤 テルオ (Teruo Undo)
脱!思考停止ロボット人間で豊に生きるための考え方
おはようございます。今年はハロウィンに何かしら参加してみたいと思っていたのに忙しくてすっかり忘れていたテルオ(@undoteruo)です。
さて、今回も昨日に引き続きマニュアルの考え方第2段です。
前回は「マニュアルを守ることが目的となって思考停止することは自分の人生において何の特もないからもったいないよ」という話をしましたが、今回はその次の段階の話をしていこうと思います。
ルールに疑問を抱くのは良いけれど、勝手に破るのはダメ
世の中には「何このルール?いらなくね?」といったように、おかしなルールがたくさんあると思います。
そんなルール、無意識にでも破ってはいませんか?
自己責任で勝手に破るのはいいけど(勿論法律は守らなくてはいけませんが)、それを他人にも強要してはいませんか?
または、ルールを真面目に守っている人をバカにしてはいませんか?
マニュアルや決まり事に疑問をもって「何故こんなマニュアルになっているのか。この決まり事にはどんな意味があるのか」を考えることは大事なことです。
しかし、深く考えもせずに勝手に破って、しかも他人に強要してくる。
これもまた、思考停止状態と言えます。
ルールを勝手に破る人
「密着警察24時」的な番組が好きでよく見るんですが、道路交通法違反でこんなのがありました。
踏切の一旦停止
踏切の一旦停止を無視して突っ走ったというものですね。
「みんなやってるだろ!明らかに電車来てないのに何の意味があるんだ!」とモザイクの人がぶちまけていましたが、僕も正直何の意味があるんだとは思います。線路からいきなり子供が飛び出してくるわけでもあるまいし。
しかし、疑問を持つところまではいいんですが、「何故こんなのルールになっているのか」まで考えてないんじゃないでしょうか。
踏切の機械が故障している可能性もあります。
一旦停止の義務が無くなれば、もし踏切の機械が故障していた場合、「電車なんか来ない」という強い思い込みで走行しているため、近付く電車に気付かない可能性だってあります。
この人は「警察に怒られるから」という理由でこれから一旦停止を守るのでしょう。残念ですが。
横断歩道
これは、僕はいつも哀れんだ目でその人を見てしまうんですが、横断歩道の渡り方です。
渋谷駅からスクランブルを渡って丸井方面に歩くと、西武と西武の間に小さい横断歩道があります。この場所を知っている人は分かると思うんですが、「この横断歩道信号いる?」くらいの小さい横断歩道です。ほとんど車入ってこないんです。でも、日本人はみんな真面目に青信号待つんですね。
真面目です、日本人。
僕はこういう日本人が好きでもあり嫌いな所でもあるわけですが・・。
そして必ず何人か無視して渡る人もいます。
そしてその中でも稀に、振り返ってニヤニヤしてルールを守っている人をバカにしてくる人がいるんです。「何真面目待ってんの?(笑)」みたいに。声に出して言ってくる人もごく稀にいます。
あんたが勝手に信号無視するのはいいんです。勝手にしてください自己責任で。
でもそれを他人に押し付けないで下さい。あんたよりももっとこのルールについて深く考え理解した上で守っている人もその中にはいるのかもしれません。
あんたの浅はかな思い付きよりも遥かに深く。
ちなみに僕は何も考えず周りに従って青信号待つ派です。こんな偉そうなこと言っといて。
僕こそザ・日本人です(笑)。
対案を持って提案するという次の段階
世の中のルールというものは、誰も頼んではいないかもしれないけど、ルールを決めるべき職に就いている人が、それなりの理由をもって、それなりの手順を踏んで決めています。
そのルールを破ると言うならば、少なくともその人達よりも多くを考えねばならないと僕は思います。
その上で、やっぱりどう考えてもおかしなルールであると言うならば、ルールを作った人に対案を示して話し合うという作業を行わなければなりません。
普通そこまでしませんよね。普通しません。そんなことよりやらなければならないこと沢山ありますからね。
であるなば余計に、勝手にルールを破ってはいけません。最悪破っても、他人に押し付けてはいけません。
ロボット人間ならロボットでいい
ルールを守ることがルールと化した思考停止人間。
ルールを思い付きで勝手に破る思考停止人間。
どちらも考えることを放棄したロボット人間です。
食事をし、排泄し、睡眠も取らなくてはいけなく、面倒な人間関係も存在するロボット。こんな面倒なロボットならば、本物の機械のロボットの方が遥かに使い勝手がよく、遥かに優秀です。
であるならば、ロボット人間は必要ありません。ロボット人間は、本物のロボットに取って代わられる時代がやって来るでしょう。
現実に人間の仕事の何割かはロボットに置き換えられています。身近なところで言えば、駅の自動改札機や飲食店のタッチパネル注文です。これからも人間の仕事はどんどん減っていきます。
そんな時に、優秀なロボットにロボット人間が勝てるでしょうか?
勝ち目はありません。
であるならば、人間が思考停止してロボット化することに何の意味があるでしょうか。人間にとって何の特があるでしょうか。
何の特もありません。
テルオ的まとめ
変える変えないの作業は別として、疑問を持って3階層目くらいまで深く考えることは大事なことだと思います。
「考える」という作業は、憲法にも法律にも何にも侵されない人間にとっての最高の権利と最高の自由です。
ロボットと人間の競争を真剣に考える時代がやって来ました。
何百年後の未来は知りませんが、少なくとも私達が生きている数十年間は、人間にしか出来ないことはまだ沢山残っています。
ロボットに仕事を奪われないために、思考停止を脱却し、最高の自由を手に入れましょうよ。