【自分史】妻大好きブロガー雲藤テルオがプロフィール紹介頑張ってみました!

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福島県出身。高校を卒業後東京へ。
東京で愛する女性に出逢い30歳で結婚しました。
僕の経験を元に、恋愛や結婚は勿論のこと、仕事の考え方や人間関係、教育に至るまで、「幸せに生きる」とは一体何なのか。
誰にも搾取されずに幸せに生きるための方法をお届けしていけたらなと思います。
 
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ようこそ『ぼくのつまたん』へ (*˘︶˘*).。.:*♡

はじめまして。『ぼくのつまたん』管理人の雲藤テルオ(ウンドウ テルオ)と申します。
 
プロフィールを幼少期から現在まで長々と書いてみますので、興味のある方は是非最後までお付き合いください(*´ω`*)
 

プロフィールというか、もはや自分史です。1万字超えてるので覚悟して読んでね!

~~簡単なプロフィール~~
  • 福島県出身。現在東京で妻と生活をしながらブロガーをしてる35歳。
  • 前職は学校給食調理員といって、虫歯菌が持っているようなでっかいフォークみたいなのを振り回して虫歯ではなく料理を作る仕事。
  • 趣味は、フリマと妻。
  • 好きな言葉は「ちょっと休もうよ」
  • 嫌いな言葉は「頑張れ」
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↑プロフィール写真現在3代目。現在使用中の一番右のは妻たん作。

福島県出身

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僕の生まれは福島県のいわき市の湯本という所です。湯本で一番有名なのは、スパリゾートハワイアンズのある所と言えばわかりやすいでしょうか。(泊まりで行く場合は東京から無料送迎バス出てるらしいからお得だよ!)あと、原発もあります。
 
結構高齢の両親の元に1982年に生まれました。誕生日は金正日総書記の1週間前です。全然関係ありませんが。
 
父は40代後半で、母は30代半ばで僕を出産しました。
両親共に離婚歴があり、父の方には2人の娘が、母の方には娘と息子が1人ずついます。そして僕です。(一般的に言えば、結構複雑)
 
僕が生まれた頃の湯本は雪も30センチくらい毎年積もっていて、ホタルも普通に網戸にくっついているような所でしたが、現在は積雪量も東京とさほど変わりがなく、ホタルもいなくなっちゃいました。(よく殺して遊んでました)
 
福島と聞くと雪が多いというイメージだと思うんですが、福島県は横に長いので、僕の住んでいた太平洋沿いのいわきと日本海側の会津とは積雪量がまるで違います。
 
「福島だと雪すごいでしょ〜」と必ず言われるので、この説明を今まで何度も人にしましたね。今ではもう面倒なのでうん ^_^」と言うことにしています(笑)。
 
 
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↑小学生の頃のテルオの写真(かわいいでしょ!)

僕が神の子であることが判明事件!

この話は既に記事にもしているんですが、僕の母は父と夫婦関係がうまくいってなくて離婚するしないに悩んでいたんです。精神的にも不安定になり、一時期数ヶ月でしたが精神病院に入院したこともありました。
そんな母が頼りにしたのが宗教でした。
 
悩みを抱えた人間が宗教にハマる。王道のパターンですね。教科書通り。あっぱれな母親です。
 
僕も夏休みには母親に連れられて道場通いをしてたんですが、そこの幹部的な人に「テルオ君は神の子だ!」と言われまして···(笑)、それからしばらく僕は神の子になったわけです。
 
まぁ、「神様ー!」と信者達から手を合わせられて拝まれると、悪い気はしませんよね。僕も「あ〜、オレは神なのか〜」って思ってしばらく自分の身分を受け入れてましたね(笑)。
 
その宗教を母がやめたことにより僕は神の子ではなくなりましたが
 

両親の離婚

僕が小学校5年生の1学期の終わり頃に両親が離婚し、僕は母親に引き取られることになりました。
母が宗教をやめたのも離婚が決まったからだと思います。離婚しなければもうしばらく僕は神の子だったんですがね。
 
その離婚で僕は「雲藤」から母親の旧姓に名字が変わりました。なので、「雲藤」というのもただのハンドルネームというか、ある意味本名みたいなもんです。
 
小学生の子供が急に名字が変わるって、めっちゃ嫌なんですよ!聞いてますか?離婚を考えてる人!子供はいい迷惑なんですよ!
 
離婚後に転校したので誰も僕の旧姓は知らないんですが(でも近くの学校なので知ってる人も何人かはいた)、転校の経験のある方はわかると思いますが、転校しても前の学校の持ち物をそのまま使うことが多いんですね。
例えば、彫刻刀や裁縫セット、鍵盤ハーモニカなんてものは、ちょっと見た目は違っても機能は一緒なんで転校後もそのまま使い続けるんです。
 
でも僕は名字が変わっているため、旧姓の名前の上から新しい名前を書いたシールを貼って使っていたんですが、そのシールが剥がれないようにいつも注意していました。絶対バレたくない!」って思っていましたから。
 
特に彫刻刀なんて、持ち手の木の部分にシールを貼るんで、爪で引っかけばすぐに剥がれてしまうんです。だから彫刻刀は絶対に誰にも触らせないように注意していました。
 
勿論今では旧姓の雲藤を名乗っているくらいなんで全然平気なんですが、この「絶対バレたくない!」というのは高校生まで続きましたね。
学校でウ○コしてるのバレたくない以上に雲藤はバレたくなかった。雲藤バレるくらいならウ○コ見せましたね多分。
 
今思うと、それが両親の離婚で僕が一番面倒だったことでした。
 

養育費の話し合いのため裁判所に連れて行かれる

なんか、養育費の話も、適当だったんだと思うんですよ離婚時には。
なので母は「もっとよこせ!」ってなことで、裁判所に、何て言うんですかね、申し立てみたいなことするんですね。
 
父と母と両方裁判所に呼ばれて話し合いみたいなことをするんですが、親権争いではないので僕は裁判所の廊下で待たされてました。駅の売店で買った「みこすりはん劇場」みたいなタイトルの4コマ漫画を読みながら待っていました。(小学生)
 
よくこんなもん子供に買い与えたもんだな···と今では思いますが、子供が裁判所でエロ漫画を読んでゲラゲラ笑っているのを裁判所の人はどう思って見ていたんでしょう(笑)。多分ろくな家族じゃないと思って見てたでしょうね。
 

中学時代、生きる術を❝笑い❞に見出す

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↑中学の運動会の際にクラスの❝学級旗❞を僕が代表して作ったものを思い出しながら書いてみました。今思うとバカ丸出しで恥ずかしい!(*>_<*)
 
 
転校して僕は初めて自分が人見知りだということに気付きました。
 
物心ついた頃から、気付いたらいつの間にか普通に友達がいたので転校前は気付かなかったんですが、転校して全く知らない人達の集団の中に入ってみて、初めて自分が極度の人見知りだということに気付いたんです。
「このままじゃイジメられる!」という危機感を持ったんです。
 
その頃テレビでは『ダウンタウンのごっつええ感じ』という番組が流行っていました。僕も好きで毎週見ていたんですが、そこで松ちゃんが実は人見知りだと自分のことを言っていたのを聞いて、「人見知りでもこんな面白くて人気者になれるのか!?」と思ったんです。ちょっと、衝撃を受けましたね。そこから何か自分の新しい道が見つかった気がしました。
 
 
保健体育のテストだったと思うんですが、確かバレーボールのルールについての問題だったと思います。「審判がこういうジェスチャーをした時は一体どういう意味か?」とかいう問題でした。
 
僕は全く解らない問題だったので、もう、それはそれは長々と「ごっつ」で培った知識をふんだんに使ったボケ解答を書いてみたんです。
そしたら、テスト返却の時に、模範解答を先生が一つ一つ解説していくんですが、こんな解答をしたやつがいるぞ!」と言って、僕の答えを先生がみんなの前で発表したんです。そしたらクラス中が大爆笑!「だれ?だれ?」みたいにクラス中がなりますよね。これを書いたのはテルオ君です!」と先生が言い、みんなが僕の方を振り返りキラキラした眼差しで僕を見たんです。
 
しかもですよ皆さん、なんと「面白いから」という理由で点数が貰えたんです!公務員いいんですかねそんなんで(笑)。
 
この光景は今でも忘れません。しかも面白解答で点数が貰えちゃったもんだから、そこから僕の❝ボケ人生❞が始まりました。もうそれからはめちゃくちゃボケまくりました!
 
最初は解らない問題に対してのみボケ解答を書いていたんですが、徐々にボケ解答優先になっていきました。面白くなりそうな❝お題❞を見つけてはボケ解答を連発し、先生が職員室で採点をしている時に「ちょっとこれ見てくださいよ○○先生!」とか言って職員室中が爆笑する光景を思い浮かべながらニヤつきながら一生懸命ボケました。
 
国語の音読でも、体育でも、音楽の授業でも、ボケてボケてボケまくりの中学時代でした。(松ちゃんのせいです)
 

高校生で初めての彼女

僕は工業高校に進学しました。化学科でした。
そのため僕は『毒劇物取扱責任者』とか『ガス溶接』とかいう資格を持っています。(一度も使ったことありませんが。危険物は試験落ちたため持ってません。)
 
その高校1年生で初めての彼女ができました。中学時代からずっと好きだった女の子でした。
ずっと好きだったんですが、その子とは友達関係の中で好きになったので、告白なんてことは考えていなかったんです。
 
ずっと友達関係だったので、その子が誰々が好きだと言えば応援し、誰々に告白しようと思ってるんだけどと言われれば相談に乗ったりもしていました。
 
そんな友達関係を壊したくなくて友達を高校生になってからも続けていたんですが、その子がフラれた弱みにつけ込んで告白してみたところ、付き合うことになったんです。
 
あれは、高校1年生の冬。遊んだ帰りに夜彼女を自宅まで送っていくときでした。雪が舞い散っていました。僕の頭の中では当時流行っていてどこに行っても流れていた広瀬香美の『promise』が流れていました。
 
 
この曲を聴くと今でも思い出すのは必ずあと時のことですね。
 
ですがそんな僕の初のお付き合いも何週間かで自然消滅してしまいました。
もう付き合えたことで満足してしまったのかもしれません。付き合い方がわからなかったというのもあります。
 
いずれにしても、僕は男としてクズだったということですね。
 

福島から逃げ出し上京

東京には専門学校進学のために仲の良い友達と3人で出てきました。3人共同じ専門学校です。
ですが僕は1年で退学してしまいました。
 
理由はと言うと、元々専門学校の勉強に興味なんか無かったからです。
東京へは「こんな田舎から早く出て東京に行きたい!」という思いで出てきました。
 
勿論、先生や母にそんなこと言ったら行かせてはくれないと思ったので、東京へ上京するための手段として専門学校を選んだに過ぎません。東京行きに周りが納得する理由を専門学校にしただけです。
 
学校を辞めたのはバイトが楽しくなってしまったというのも大きな理由でした。僕と同じようにそんな理由でせっかく入った学校辞めちゃう人も多いんじゃないでしょうかね。本当にお金の無駄遣いでした。
 
ですが、このお金の無駄遣いのおかげで僕は今の妻と出会うことができたも事実です。
 

父の自殺(もう全然平気テヘペロ♪)

これも既に記事にしているんですが、僕が21歳の頃に父が自殺したと連絡が入りました。
 
車のマフラーにホースくっつけて運転席まで伸ばして窓の隙間をガムテで塞ぐという、よく2時間ドラマで見る排気ガス自殺です。
 
父はゴキブリを食べてでも生き残るようなすごく強い人間だと僕は思っていたので、しばらく「自殺」というのは信じられませんでしたね。
 
父に対しては「怖い人」という思いが強かったので、父と僕はあまり笑って会話をしたことがありませんでした。
そういうこともあったので、いつか酒でも飲みながら大人同士話をしてみたかった(僕はお酒が飲めないので頑張ってカシスオレンジまでですが)というのがあったんですが、それがもう叶わないというのが一つの心残りです。
 

M-1挑戦!(結局ドタキャン)

僕は東京へ出てきても唯一の「笑い」という武器を使って何とか生き延びていました。
 
正式名称がわからないので僕は「呼び掛け」と呼んでいるんですが、小学校の卒業式に卒業生と在校生が向かい合って交互にセリフを言い合うみたいなのありますよね。アレです。
 
そんなんを僕が考えてバイトの送別会の出し物としてみんなで2回くらいやったこともありました。
 
そのバイト先には金八先生に出演していた女の子がいたので、ドラマの中のその子のセリフを思い起こさせるようなセリフを入れ込んだりしたんですが、断固拒否されたことを覚えています。
今ではめっちゃ反省しています!あの時は本当に調子に乗っていました。(・_・;)
 
 
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↑これが❝呼び掛け❞の台本(下ネタ多め)
 
 
コントなんかも台本を自分で作って披露したりもしていました。
 
そんなあの当時の若い僕はイケイケドンドンだったので、仲の良かった先輩と、これは初めて言うので恥ずかしいんですが、『ゴーゴーキラーズ』というコンビを組んでM-1に出ようということになったんです。
 
僕は暇だったんですが、相方の先輩は役者を目指している劇団員だったので、そんなに時間なかったんですね。
そういうこともあって、結局出場するのを諦めてしまいました。
 
でもエントリーはしていたので、勝手に当日すっぽかした代表者の僕の所にM-1スタッフから電話がかかってきました。ゴーゴーキラーズさんですか?今日漫才の予選の日なんですが···」
 
正直、自分の中では終わっていたことなので当日も忘れていたんですね。
断りの電話の一本くらいはかけておかないと人としてダメですね。

放送作家の道へ

笑いは好きなんですが、どうしても人見知りが治らない僕は人前に立つ芸人は諦めることにしました。
 
これは、僕みたいな極度の人見知りの人が実際に人前に立って漫才やコントをやってみないとわからないことだと思うんですが、自分の想像通りの笑いにならないことが多いんです。
 
自分的に完璧に出来ての「笑いにならない」ならば自分の才能の無さにもある程度納得ができると思うんですが、僕の場合はまず、自分自身が想像通りに出来ないんです。
 
それは、僕は人見知り以外に、ものすごい緊張しいというのがありまして、大勢の人前で喋ろうとすると声が震えたり、頭が真っ白になってセリフに変な間ができたりしてしまいます。(学校給食の朝礼もすごく苦手でした)
 
これも別にお笑いが好きでずっとやってれば慣れてくるのかもしれないし、少しずつでも笑いが取れるようになってくればそれが自信となって緊張もほぐれていくと思うんですが、結局中途半端に諦めて裏方の放送作家というものに挑戦することにしました。これも既に記事にしていますが。
 
最初は、麹町にある民放テレビ局が開催している放送作家養成セミナーに通うところから始めました。講師陣は、ある秋の魚の名称を名前にした大物芸人を担当している大手の作家事務所が担当されていました。(今でもそこが担当しているようです)
 
その後色々な事務所に企画書もどきのものを送りつけて1つの事務所に拾ってもらうことになったんですが、それも程なく辞めてしまいました。色々もっともらしい理由を付けて辞めてしまいました。
 
「少しやっては逃げる」というのが僕の人生ですね。
 

妻との出会い(運命)

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妻とは、専門学校時代から続けている(実は今でも続けている)バイトで出会いました。僕より2コ年上でした。
 
それまで僕が付き合ってきたタイプの女性とは違った女性だったんですが、なんか惹かれるものがあり、毎日その人を笑わせることに一生懸命でした。
 
今、妻が言うには「あの時はホントウザかった」らしいですが(笑)。
 
僕は人見知りで緊張しいなため、女性とも笑いを介した交流しかできなかったんです。
 
僕はその女性と8年くらい交際し、僕が30歳の頃に結婚することになりました。
 
僕が専門学校を真面目に卒業していたら出会わなかった人です。なので、あの専門学校のクソつまらなかった授業に今では感謝しています。
 

東日本大震災発生

僕はこの地震の日は東京でバイトをしていました。飲食店なので、食事の途中でお客さんが外に飛び出して行ったんですが、その後戻ってくるはずもなく食い逃げが横行しましたね。
 
その後テレビで原発爆発のニュースを呆然と眺めていました。親も友達もみんな死ぬんだな」と思いながら見ていました。
 
近しい人達の死が現実に迫った時の覚悟ってこういうもんなのかというのを知りました。
でも幸いにも僕の知っている人間で死んだ人はいないようでした。よかったよかった。
 
ついでにせっかくなんで「このエピソードを利用しない手はない!」と考え、就職面接の際には福島出身者だからこそ体験できた震災当時のエピソードを神妙な面持ちで語り、見事採用になりました。
その話が影響したかどうかはわかりませんが、少なくともインパクトは残せましたね。
 
使えるものは何でも使って生きていきましょうよ!(๑•̀ㅂ•́)و✧
 

就職、そして結婚

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↑学校の記念行事か何かの時の献立案
 
 
僕は妻と結婚するために就職を決めました。フリーターで結婚するわけにいきませんからね。
 
その僕の初めての就職が学校給食調理員というものでした。
5月のゴールデンウィーク終わりに就職し、その年の12月に結婚しました。僕が30歳、妻が32歳での結婚です。
 
実は僕達は、結婚式もしていませんし、結婚写真も撮っていませんし、指輪もありません。親同士も未だ会ってはいません。
これは一般的常識とはかけ離れてるのでリアルな知り合いには話していません。
 
結婚式は、勿論僕にお金が無いという理由はあるんですが、妻がコスプレしてヘラヘラ笑うなんて嫌だ!気持ち悪っ!」という人間なんで(笑)、妻の両親がお金を出してくれると言ってくれたんですが、そういう理由で結婚式はしていません。
 
写真だけでも撮ろうかという話もあったんですが、そんなのに何十万もお金を使うのは無駄だ!けっ!」という妻の意見でなくなりました。
 
指輪は「いらなくね?」という妻の意見で買っていません。
 
親同士も、最初の頃は一緒にみんなで食事でもという話はあったんですが、なんとなく先延ばしになり、結婚から5年近く経つ今でも会っていません。
 
そして、妻には姉がいるんですが、その人とも僕はまだ面識がありません。
 
 
ちょっと、一般的に普通じゃないとは思うんですが、僕達はこれで成り立っているのでべつに構わないと思っています。
 
何よりも僕達夫婦はラブラブなので、それ以外はどうでもいいんです。
 

適応障害になり退職

はい、来ました、適応障害(^o^)/
 
僕はメンタル弱男なんで、就職から4年半でめでたく適応障害になり会社を辞めました。
 
適応障害にならずにそれまで生きてこられたのは多分、ずっと独り身だったので仕事なんて「いつでも辞められる」との思いがどこかにあったためにメンタルの弱い僕でも何とか生き延びてこられたんだと思います。
 
ですが結婚し、「辞められない」という思いに縛られたために適応障害になったのだと、今では思っています。
 
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↑こんな服装で仕事してました。
 
 
現場の一緒に働いていた社員達5人にはグループLINEに最後の挨拶を投稿してグループ脱退してそれで終わりにしました。
8人のパートさん達には何の挨拶もしてません。
学校の栄養士にも挨拶なしです。
会社にも退職届を郵送で送って文書のやり取りを何度かして終わりです。
 
僕は意外と真面目で責任感も意外とある方なので、一度みんなに会って直接話を伝えようとの思いはすごくあったんですが、そんな真面目さや責任感は全部捨てることにしました。今回は自分を避難させることを最優先に考えることにしたわけです
 
僕より上には何段階も適応障害や鬱レベルが存在するとは思うんですが、僕的には結構ギリギリよろしくの状態でした。赤の他人に気を使う余裕なんかなかったんですね。申し訳ないが、お前らに気を使う暇なんてなかった(。>﹏<。)
 
今でも申し訳ないとは思っているんですよ。
だからいつか、もし叶うならば、その人達全員に直接会って挨拶したいという思いは持っています。
いつになるかわかりませんが、多分僕が自分の力で以前の給料を上回る収入を得られるようになったその時だと思ってはいます。
 

子供はつくらないつもり

僕達夫婦は子供はつくらないつもりでいます。
その一番の理由は、妻はダンスをしているんですが、子供ができるとダンスができなくなるからです。
 
子供ができても学校に行くようになればダンスなんていくらでもできるだろうと思われるとおもいますが、妻は「母親は、子供がいるならば育児、教育に全力を尽くすべきだ」と言います。
 
妻はダンスを真剣にうまくなりたいと思って取り組んでいるので、片手間にダンスをすることはできない人間なんですね。
子供がいれば全力で全ての力を子供に、ダンスをすれば全力で全ての力をダンスのために使いたいと思っている人間です。
 
なので、ダンスに全てを捧げている妻は子供をつくることはできないんです
 
 
僕はというと、実はどっちでもいいんです。そんなにこだわりはありません。ありませんが、将来「子供が欲しいな〜」とは絶対に思わないかと言えば、それはわかりません。
それはわかりませんが、僕の最優先は妻です。それは絶対に今後も変わることはありません。
 
 
実は子供をつくるつもりがないことは僕の母には話していません。
そんな考えを理解できる母ではないので、それが妻の意向だとなればきっとネチネチ妻を責めるでしょう。
なのでお母さんには悪いんですが、母が死ぬ時までそこはうやむやにしておくつもりです。
 
まぁ、状況次第ですが。
 

僕の自由には、
妻の影響が大きい

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真ん中のでっかい鈴の穴に小さい鈴を投げ入れて入れば恋愛成就的なスポットなんですが、妻たんはこの後見事に失敗して落ち込みます。
 
 
「仕事を辞めたい」と言った僕に妻が言った言葉はやりたくないことをやって生きる人生なんて意味ないよ。明日すぐに辞めてきなよ。」でした。
 
普通こんなことを言ってくれる妻は少ないでしょう。
 
僕もこの人じゃなく別の人を妻にしていたら、多分もう離婚しているでしょう。
子供もいた可能性が高いので、多分子供は母親が引き取り、僕は養育費を踏み倒していたに違いありません。
 
あれほど嫌いな田舎の福島県に何となく戻り、借金して改造車にお金をかけ、適当な金髪の若い女を引っ掛けて、仕事もやったりやめたりしながらパチンコに入り浸るクズ人間になっていたと思うんです。
いや、絶対そうなります。
 
そうなっていないのは、この素晴らしい妻のおかげです。僕が自分の人生で唯一の正しい選択が妻を妻としたことです。
 
勉強もでき頭も良く、仕事はただの生活のための手段に過ぎないのだと僕に教えてくれた妻に本当に感謝すると同時に、そんな人を妻とした自分を褒めてあげたい。
 
 
あと、僕は世界で唯一信用しているのが妻ただ一人です。そんなことは絶対にない人ですが、もし妻が僕を裏切ってもこの人に裏切られるなら仕方がない」とさえ思っています。それくらい妻を信用しています。
 
毎日一緒に風呂にも入ってますラブラブです٩(♡ε♡ )۶
 
羨ましいか、お前ら٩(๑´3`๑)۶
 

そして現在、ブログに挑戦中!

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やっとプロフィールが現在に追い付きました。長々とここまで読み進めてくれた方ありがとうございます。ლ(´ڡ`ლ)
 
適応障害云々は置いておいて、僕は前から「一人で働きたい」という思いがありました。それと、社長になりたいという憧れもなんとなくありました。
 
僕は人見知りで、緊張しいで、メンタル弱くて、それでいて意外と真面目で責任感もあるため、すごく人に気を使う性格なんです。気を使うというか、人の顔色をすごく伺ってしまいます。
これはすごく疲れるんですね。余計なことばかりを無駄に考えてしまう性格なんです。
 
そこで僕は「ブログで生きていこう!」と決めたわけなんです。
 
べつにブログじゃなくても良かったんですが、「一人で」ってキーワードを自分の頭の中で検索すると「ネット」しか出てこなかったんです。
 
 
去年の2016年9月末に退職してすぐに翌月からこのブログを開設しました。
 
得意な分野は僕の前職の学校給食についてです。学校給食や食中毒事件についてはこれまでも結構記事にしてきました。
あとはフリマも趣味で結構通いつめているのでそれもある意味得意分野ですね。
 
主にこの2つを軸にブログを運営していますが、他にも僕の適応障害の経験や、意外と好きな政治の話も時折記事にしています。
 
あとは、今話題の事柄で僕が興味のあるものを時折混ぜたりしながら現在ブログを運営しています。
 

これからの展望・最後に、趣味とか

まだまだブログだけでは生活できないレベルですが、これから何となくやってみたいなぁと思っていることはあります。
 
ブログからの発展としては
  • 他のメディアでの執筆
  • コンサルティングや講演
  • 書籍の出版
  • オリジナルグッズの販売
  • 僕と同じような経験を持つ人を集めての何か
最後のに関しては、ザックリすぎて僕もまだよくわかりません!
こんな僕にお仕事依頼をしていただける方がもしいらっしゃいましたらお問い合わせからご連絡お待ちしております。
 
 
展望というよりも夢に近いと思うんですが、小説を書いてみたいというのもあります。
 
それと、油絵にも興味があります。一応中学時代は僕の美術作品を教材として学校に提供したこともありました。専門学校も美術系だったので、ヌードモデルのデッサンの授業だけは今でも鮮明に記憶しています!ʕ•̀ω•́ʔ✧
 
 
趣味は最初の方にも話しましたが、フリーマーケットです。好きすぎて熱を込めた記事を書いてるので是非見ていただければ嬉しいです!
 
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あと僕は結構、ジャケットにしてもバッグにしても靴にしても革製品が好きですね。特に革靴にクリームぬりぬりしてると落ち着くんです!心が穏やかになりますね(ノ´∀`*)
 
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↑特に軽くて歩きやすい「クラークス」がお気に入り。
 
 
最後に、いつかブログ仲間とリアルに会ってお茶会みたいなこともしてみたいなぁと思ってますね。
 
 
 
ここまで読み進めて頂いてありがとうございました。
 

これからも更に「おっ!」と思ってもらえるような記事を書いていきますので、これからも『ぼくのつまたん』よろしくお願いいたします!(๑•̀ㅂ•́)و✧

 
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好きなカテゴリーを選んでみてね!

自由に生きるために役立つ無料電子書籍の紹介!

 
僕が仕事を辞めて「自由に生きよう」と思った際に参考にした本があります。「だいぽん」さんという方が書いている 「自由な人生を手に入れる教科書」という本です。
 
僕は、学校給食という仕事が嫌になり、やりたくもないのに訳の分からない会社の指示に従ってただ仕事をこなす人生が嫌になり、「人に雇われずに自分で稼ごう!」と思って仕事を辞め、このブログを始めました。
 
普通の人だと、そんな嫌な仕事は早く忘れたく、記憶から抹消したい経験だと思いますが、僕はその早く忘れたい嫌な経験を新しい人生に活かしています。
 
何が言いたいのかというと、「どんな経験も、例えクソみたいな経験であっても、決して自分の人生において無駄にはならない」ということです。無駄な経験なんてないのであれば、人がやらない少数派の道を進むことの方が、はるかに人生役に立つはずだと僕は思っています。
 

 
僕はこの本を参考にし「ブログで飯を食う」ことに5ヶ月間挑戦した結果、月間15万PV(月間15万ページが読まれている)、間5万円の収益を上げることができました。勿論5万円では生活はできませんが、収益は順調に伸びています。
 
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「ブログで稼ごう」と思ってブログでひと月5000円以上実際に稼げている人は全体の5%しかいないと言われています。僕は全くの素人ながら、5ヶ月目でその5%の中に入りました。 この結果には明らかに「自由な人生を手に入れる教科書」が少なからず影響しています。
 
これからもこの本を参考にし、収益を「プロ」と呼べるレベルまで上げていこうと思っています。その時にはまた、更に自信を持って「自由な人生を手に入れる教科書」をおすすめできることになると思います。
 
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