農家をバカにしている人に言いたい「農業は一番尊敬されるべき職業」だと

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こんにちは。元学校給食調理員で調理師のテルオ(@undoteruo)です。
 
 
都会に住んでバリバリ働いていた人間も、歳を重ねてくると、田舎に移住して農家になる人がいるということで、最近度々テレビでも取り上げられます。
 
僕は今36歳ですが、この年で早くも農業というものに関心を持ち始めています。農業ということだけではなく、“人間らしい生き方”というものに関心を持ち始めています。
 
僕も含め、30代40代の都会の人間が農業というものに関心を持つのは一体、何故なのでしょうか?
 
そこには、10代20代では感じることのできなかった農家への「尊敬」というものが生まれてくるからです。
 
 
何故みんな揃いも揃って年をとると農業への尊敬が生まれてくるのか。
 
デジタルにどっぷりと浸かった今だからこそ、子供には農業を教育するべき時代です。
 




農業がバカにされる理由

 
アナログの極みでダサイ
学歴無さそう
若者がいない
田舎暮らし
手が荒れる
 
農業はバカにされているというか、ダサイと思われています。
 
特に若い世代であればあるほど、今イケてるデジタルの世界とは対極にある農業はアナログの極みであり、ダサイのでしょう。
 
 
また、農家の方は親から農業を教わって家業を継ぐことが多いため、進学をしない(というイメージ)方も多く、学歴という意味でも低く見られがちです。
 
 
それに農業は田舎の広大な土地で行う仕事のため、都会で生活することに憧れている特に若い世代からは、その田舎暮らしというだけでバカにされがちです。
 
おじぃちゃんおばぁちゃんばっかで若者もいないというイメージ。
 
更に、畑仕事は夏場は暑いし冬は寒く、手も荒れます。
 

農家の方こそ「先生」と呼ばれるべき

 
世の中には「先生」と呼ばれる仕事があります。
 
政治家
学校の先生
弁護士
医者…
 
僕も小中学校で給食を作る仕事をしていたので、学校の先生や栄養士のことは「先生」と呼んでいました。
 
 
「先生」と呼ばれる仕事の多くは、例えば弁護士や医者は、人間がピンチの時に助けてくれる仕事の方なので、人からは尊敬を受けやすく「先生」と呼ばれるに相応しいということでしょう。
 
 
人間を教育する立場の教員
 
国家権力を持つ政治家
 
犯罪容疑をかけられた時に唯一頼ることのできる弁護士
 
人間の命を救う医者
 
 
これらの「先生」は全て、人間が生きているからこそ成立する先生です。
 
子供が食事をして生きているからこその教育。
 
食事をとって元気に生きている国民が大勢いるからこその国家。
 
色んな人間が生きているからこそ犯罪が起き、病気になるまでどうやって生きてきたのかと言えば、それは食事。
 
そもそも、人間はものを食べなくては生きられず、生きられなければ仕事もなにもありません。
 
 
教員、政治家、弁護士、医者よりも先にまず「先生」と呼ばれるべきは、農家の方ではないでしょうか。
 

農家がなければ人間は生きられない

 
特に日本人は白い米が大好きです。
 
ジャガイモやサツマイモは食べ物に困っていた時代、主食として日本人の命を繋いできました。
 
現代は農家がいなくても食べ物は作ることができます。
 
しかし、コーラやウィダーインゼリーだけで人間は生きていけるでしょうか
 
牛肉だって牛を育てなければ食べられませんし、魚だって漁師がいなければ食べられません。
 
みんなが好きなじゃがりこだって、ジャガイモがなければ作ることはできませんし、チョコレートだってカカオ農家がいなければ作れません。
 
 
農家や酪農家、漁師達“先生”がいなければ人間は生きることができないんです。
 

回り回って人間の行き着く先は農業

 
農家先生がいなければ人間は生きることができない。
 
 
これに気付くには、それなりの経験が必要です。
 
勿論10代の若者だってそれは知っています。
 
知識として知ってはいますが、尊敬できるようなるにはそれなりの人生経験が必要です。
 
しかし、それなりの人生経験があっても、気付かない人間も多くいます。
 
 
そんな「農家を尊敬する」なんて言ってる僕も、こうしてデジタルのネットの世界でブログを書いているわけですが、このブロガーの世界も広くてピンキリです。
 
このブロガー界の頂点に君臨してる人達は、ブログだけで多くの収入を得て“プロブロガー”と呼ばれています。ただの趣味を超えて、ブログを極めている人達です。
 
そして僕が言いたいのは、このデジタル世界のブログを極めているプロブロガーは、意外と東京に集中しているわけではありません。
 
元々自由に働くことのできる生き方を目指している人達なので、意外と地方に住んでいたりしますし、この道を極めた頂点の人は、田舎に移住して農業を行ったりしている人もいます。
 
何が言いたいのかというと、デジタルの世界を極めた人間でも、その行き着く先は農業だということです。
 
 
僕も含めて、一生かけてもそうなかなか何かを極められる人間は少ないです。
 
多くの普通の人間は「農家の方こそ先生と呼ばれるべきだ」などとは考えません。
 
しかし、ある程度極めた人間は、農業というものに原点回帰していくんです。
 
 
デジタルを極めた人間は、人間に戻る。
 
 
いくらデジタルを極めようとも、自分のその身体はアナログそのものです。
 
農業を尊敬するようになる人間とは、自分自身と向き合うことができるようになった人間だと言えるのではないでしょうか。
 
 
「自分と向き合う」ということは言葉では簡単ですが、なかなかできるものではありません。
 
一生かけてもできない人間も多くいます。
 
ならば、自分と向き合う場を子供達に与えることで、豊かな人間性を早く見つけることのできるチャンスが生まれるのではないでしょうか。
 




子供にこそ農業を教育するべき

 
僕は小学校で給食を作る仕事をしていました。
 
皆さんも聞いたことのある「食育」という教育の一環で、給食調理員も毎日給食を食べている生徒児童から感謝の手紙をもらうことがあります。
 
また、卒業間近の6年生は、直接6年間の感謝の気持ちを調理員に伝えるために給食室を訪れることもあります。
 
 
ですが、多分僕の同僚の調理員はそんな裏読みをしている人はいなかったと思いますが、僕は裏を読むのが癖なので(笑)、こう思っていました。
 
 
「給食の人に感謝しよう」という、授業なのだろう。
 
大人の自己満の犠牲者だな。
 
 
勿論、中には賢い子供もいると思うので、心から感謝している子供もいた…かもしれません。
 
しかし、多くの子供は「感謝しましょう」と先生が言っているから「ありがとう」と言うだけのような気が、僕はしていました。
 
 
食事を作っている人や農家の人に感謝する気持ちを育てようというのが食育ですが、実は、こんな教育よりももっと簡単な方法があります。
 
それは、自分で食べ物を作らせることです。
 
授業で年に一回ジャガイモ掘りをさせるなんてことでは、その感謝の気持ちは育ちません。
 
僕もたまたま小学生の経験がありましたが、芋掘りというイベントで食べ物に感謝したなんて気持ちは生まれませんでした。僕の場合はですが。
 
 
今はたくさんのお金をかけて子供を塾に通わせる親が多いと思いますが、それも大事かもしれませんが、人間の一生で一番大事なのは食べることです。
 
そしてその食べ物を「作る」、または「捕る」という、人間が昔から行ってきた生きるために必要不可欠な経験をさせることが大切なんです。
 
昔の日本人はそんなこといちいち教育しなくても生きるために当たり前に子供のうちから行っていた行為ですが、今は当たり前にコンビニ弁当で冷凍食品で外食で、食べ物に感謝できる環境ではありません。
 
その代わり現在では「食育」という、昔の人間には当たり前すぎて意味不明であろうの教育がなされています。
 
 
日本の中心の大都会東京で農業を教育させるなんて難しいことかもしれませんが、今は東京でも『レンタル畑というシェア畑なんかもあります。
 
 
大きな畑を小分けでシェアするレンタル畑というのは、こういう都会の子供に農業の大切さを教え豊かな人間性をつくる上で、ある意味今らしいと言えば今らしいですが、学校の食育よりはよっぽど食育になります。
 
塾に多額のお金を使えるならば、月数千円でレンタルできる畑で子供自ら食べ物を作らせるこで、大人になっても中々気付くことのできる人間の少ない農家こそ先生と呼ぶべき」という感性を育てられるのではないでしょうか。
 
 
というか、考えてみると、「食に感謝する気持ち」というのは、自分で食べ物を作らせること以外にありません。
 
学校で誰かの話を聞いたり、手紙を書かせたり、iPadで農業の風景を見せたりという教育では、バカな大人の思惑とは逆に、多くの子供が置いてきぼりにされてしまうでしょう。
 
だって、毎日先生と呼ばれている学校の先生や教育委員会の先生達が、農家を先生と呼んでいるとは思えません。
 
そういう人達が考えた教育で、農家の方を先生と呼べる子供が育つとは思えません。
 




テルオ的まとめ

 
今日の内容を書いているうちに子供の教育という方面へ話が向いていってしまいましたが、別に僕は教育を語るつもりもありません。
 
僕もまだ田舎への移住までは考えられる人間ではありませんが、レンタル畑というものには興味があります。
 
僕のお義父さんとお義母さんももう定年で仕事を引退していますが、東京のレンタル畑で野菜を作っています。
 
ネギも細く、きゅうりもぐにゃぐにゃ曲がっていますが、お店で食うよりもよっぽど美味しく感じます。
 
そういう影響もあって、僕も農業というものに関心を持ち始めたのかもしれません。
 
 
このレンタル畑を少し調べてみたところ、一番安くて月6千円くらいからシェアできるようです。
 
農機具も、種や苗も肥料も全てこの月額に含まれているので他はお金がかかりません。
 
手ぶらで畑に行って野菜を作ることができるようです。(本当は農機具や肥料も教育するべきだとは思いますが)
 
 
僕は子供がいませんが、東京に暮らして子供がいたらまず間違いなく畑は作るでしょう。
 
週末は家族で畑で農作業をし、その収穫した野菜で食事を作り、子供に食べさせます。
 
英語とかそろばんとか、どんな教育よりも、まず農業の教育こそ一番するべき教育だと思う、今日この頃です。
 

 
 
 
 
 
 

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